おべんきょうノート

自分用です。

安政6年2月25日「赤根武人に與ふ」

吉田松陰赤禰武人

 

已んぬるかな、已んぬるかな 肉食者は鄙なり、國其れ喪びん 然りと雖も草莽安んぞ瑞穂を食するの民なきを知らんや 況や 今上聖明にして、公卿人あり、加ふるに吾が公勤王の志尤も深きを以てす、則ち瑞穂の民、何ぞ獨り草莽のみならんや

もう今となってはどうしようもない。高禄の者(不忠の士)は卑しくくだらない、それにより国は滅びんとする。そうではあるが、どうして多くの同志が食録を持たない民である事を理解出来ないのだろうか。まして孝明天皇がいて公卿人(大原卿)がいる。加えて我が藩公の志はもっとも深いものである。美しき日本の民たる所以は何もただ草莽だけではない。

 

新年、大高・平島の二士萩に來り、論、伏見要駕の策に及ぶ 僕岸獄にして見ふを得ずと雖も心實に其の意に感ず 是れより先き、大原源公亦人をして密かに意を致さしめて曰く、「少將東駕せば、吾れこれに伏見に通ひ、謀るに天下の事を以てせん」と

新年、大高・平島の二人が萩に来た。話は伏見要駕策に至る。僕は獄の中にいて一見する機会がないといっても実にその考えに感動した。この事よりも前には、大原卿が人を介して「少将が東駕すれば私は伏見に通い、国事を謀ろう」と密かに意志を伝えさせた。

 

意蓋し二士と相符す 僕、囚なりと雖も、情義默し難し 然れども肉食に鄙夫多きを以て、同志或は此の擧を難しとす 難しとする者益々衆きも、僕の志は益々堅し

僕の考えは確かに二人と合致する。僕は囚人といえども人情と義理には黙っていられない。しかし同志は「高禄者や目先の利益を得ようとする不忠者が多いからひょっとするとこの挙は難しいのでは」とする。難しいと考える者が益々多くなっても僕の志は益々堅くなる。

 

昨入江子遠と謀り、斷然其の弟和作をして脱走して事に趨かしむ 僕因つて約して云はく、「此の擧十死士を得ば足る 十死士駕を要し號泣して留まらんことを請ひ、且つ責むるに大義を以てせば、必ず吾が公の許允あらん

昨日入江子遠(杉蔵)と計画し、(毅然とした態度で)彼の弟である和作に脱走させて事に向かわせた。僕はそういう訳で気を引き締めるように言った。「この挙は十人の(死を覚悟した)志士がいれば成せる。十死士が籠を使って必死に留まる事を請い、大義を行うように勧めれば、必ず我が公も分かってくれるだろう。(参勤交代の列を伏見で待ち受け、藩主毛利敬親の駕篭を止めて大原重徳が敬親を説得する手筈)

 

不幸にして鄙夫俗吏、執縛に従事せば、是れ内は醜虜に應じ、外は朝廷と吾が公とも棄つるなり、之れを名づけて賊と謂ふ 賊は斬るべし、宥すべからず 天下の血を見ざるや久し、一たび鮮血を見ば、丹亦湧動し大義擧ぐべきなり

残念な事に役人は罪人を捕縛する事だけに勤めているが、これは外国人に応えて朝廷と我が藩公も見捨てている行為だ。この行為を名付けて賊という。賊は斬るべきで許すべきではない。全国土の血を見ずに随分と経つ。一度鮮血を見れば赤心も湧いて大義を成し遂げられるだろう。

 

大義の由つて擧がる所、大は加・仙の若くにしてすら得ず、强は薩・肥の若くにしてすら得ず、貴は尾・紀・水・越の若くにしてすら得ず、獨り之れを吾が江家に得るは、吾が江家の吾が江家たる所以なり 而るに二三鄙夫の阻む所となりて成るに潰げざるは、豈に吾が志ならんや」と

大義が集まり挙となるところ、大国である加賀藩仙台藩は機会を得ず、強国である薩摩藩肥後藩も機会を得ず、貴国である尾張藩紀州藩水戸藩・越前藩も機会を得ず、ただこれを我が藩主、毛利家が機会を得るのは毛利家の毛利家たる所以である。二、三人が阻んだからといって潰えるならば決して志とは言えまい」と。


和作頷きて去る、去りて復り眷々僕に囑すらく、「上國寧んぞ赤根武人なかるべけんや」と 僕叱て曰く、「天上天下唯我獨尊と、佛猶ほ之れを言へり、汝が目中獨り赤根生あるか」と

和作は頷いて進む。振り返り僕に「上京にどうして赤禰武人がいなくてよいのでしょうか(いるべきです)」と言ったので「天上天下唯我独尊と仏は唱えた。君の意識の中には独り赤禰君がいるのか」と叱った。

 

和作答へず、涙を揮つて出づ 僕亦哭せずして涙せり 嗚呼、二人の涙其れ由なからんや 生果して之れを聞かば徒だ笑ひ而して徒だ泣くのみならんや、其れ必ず臂を攘げて車を下りん 今松洞生をして之れを報ぜしむ、書の意を盡さざるは生能く之れを言はん

和作は答えず、涙を奮って出発する。僕もまた声に出さずに涙を流す。ああ、二人が涙を流すのは手段がないからではない。彼ははたしてこの言葉を聞いてただ笑い、ただ泣くだけの者なのだろうか(いや、そうではない)。彼は(「孟子」の馮婦が車から降りて虎を捕縛したように)必ず血気の勇を見せるだろう。今松洞君よりこれを報告させるが、書の趣旨を尽くせていないと彼はよく言う。

 

神州の存亡、江家の榮辱、要は此の擧に在り 大樂生は僕未だ其の人を見ず、然れども其の名を稔聞す 足下以て然りと爲さば此の書を轉示するも妨げなし 二月念五

日本の存亡も毛利家の栄辱も、要はこの挙手にかかっている。大楽(源太郎)君は僕はまだ会った事がないが、しかしその名前はよく耳にする。君がもっともだ思うならこの書簡を転示しても構わない。二月二十五日