おべんきょうノート

自分用です。

2020-01-01から1ヶ月間の記事一覧

文久4年2月18日 高杉→雅子

来島又兵衛など遊撃軍の京都進発論を押さえる為、藩命を無視して上京。京都にいた桂・久坂と協議。 一筆申し進め候、先中御父母さま御揃い御無事にいらせられめでたく存じまいらせ候、そもじどのにもご無事にござあるべく候、めでたく存じまいらせ候、我れら…

久坂と武市、坂本メモ(文久元〜二年まで)

九月、武市半平太が土佐勤王党の結成にともない江戸から土佐へ帰郷する際に久坂玄瑞が半平太の墨竹画に題した賛辞詩 挺立ス山厳竹薮竿 故人ノ心事画中ニ看ル 男児ノ再会期シテ得難シ 唯喜ブ清風ノ座ヲ襲ウテ寒キヲ武市君ト別ルル席上酔ウテ題ス 別時何必説平…

王陽明思想(陽明学)について

松陰先生を主として、幕末長州勢を追うと思想上に必ず出てくるであろう「陽明学」は勢いで読み出してもなかなか理解が難しい (専門書、哲学書故に) 読むに当たっても専門用語がバンバン出てくるので、『四書五経』の予習は必須。 四書五経(ししょごきょう…

文久2年11月21日 弥二郎→父

要約:外国公使暗殺未遂事件後の処遇など 寒冷の節に御座候えども、いよいよ御安泰成さるべく御所義珍重存じ奉り候。 寒冷の季節でございますが、ますますご安泰となされるご様子でとても喜ばしく思います。 さては私義過る十三日少々存じ付き候事これあり、…

慶応2年4月5日 高杉→おうの

おうのとの無事一筆申し遣し候、そな事も無事にてめでたく存じまいらせ候、われらも無事長崎に罷り居り候間、卸きづかい下されまじく候、 おうの殿無事一筆申し残します。貴女も大事無いとの事で喜ばしく思います。私も無事に長崎に居りますので、お気遣いな…

文久3年11月6日 高杉→山縣

伝・晋作書簡 (「東行庵だより」平成13年夏号)写本か 御翰拝読候。先日は計らず怱卒申し出、後悔罷りあり候。実は久坂より何たる事も申さず候ゆえ、呈書つかまつり候訳にござ候、其の方、御降恕遣わされるべく候。御調の分、御入金員数相分かり候はば仰せ…

慶応3年3月15日 高杉→福田

東行拝 悠々舎主人 侍史 御見舞品数々御恵投被害 下難有御厚情之段奉多謝候東行拝悠々舎主人 侍史 (不利益が被る程の)数々のお見舞い品を戴き、とても有難く貴方の厚情には感謝が尽きません。 侍史→「この手紙はあなたのお目を煩わせるほどのものではない…