おべんきょうノート

自分用です。

元治元年5月20日 近藤→ 児島・橋本

多摩デジタル新撰組資料館

小島資料館 所蔵資料

https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11E0/WJJS06U/1391015100/1391015100200020/ht160013

 

○後日読み直します○

 

尚々小山萩原氏え書状も差し出し申さず候間、恐れながら宜敷く願い上げ候、先頃下拙共武術の義格別の訳を以って上覧仰せ出だされ候えども、俄に御発駕にて御延引相成り申し候、亦々御老中衆より御一覧之有るべくの旨一昨十八日仰せ出だされ候、此段御風聴申し上げ候
         以上

付け加えて、小山の萩原氏へ書状も差し出しませんので、恐れながらよろしくお願い致します。先日私共の武術の件格別なお引き立てにより上覧のご命令をいただきましたが、突然の(籠での)ご出発のために予定は先延ばしになりました。再びご老中様方よりお目通しがあるとの内容、一昨日の十八日にお言いになられましたので、お伝え申し上げます。

         以上

 

御熟精筆章謹んで拝誦仕り候、殊に御名作等御差添有り難く拝見致し候、陳れば、去二月分襟一別以後念入の御礼の書簡も差し出し申さず、深く多罪恐縮の至りに候、

お手紙謹んで拝読致しました。特にご名作の脇差、有難く拝見致しました。申し上げますと、去る二月に襟を分かち、別れた時以来お礼の手紙も差し出さず、無礼に心底申し訳ない思いです。

 

先は其御地弥御勇健在らせられ御起居恭賀奉り候、随って、当方一統異ならず憚りながら、御安心下さるべく候

まずはそちらでも益々ご息災であらせられるご様子、謹んでお祝い申し上げます。こちらも団結違わず、恐れ多くもご安心くださるようお願い申し上げます。

 

一未だ洛陽にて穏かならざる事累卵の如く、兎角幕府讒口紛々沸騰仕り、依って昨年以来両度御上洛遊ばされ候えども其御趣意未だ聊も御成功成らず、只々空敷御滞留在らせられ漸々諸侯も反覆の色顕し候

未だ京にて穏やかではない事が累卵のよう(積み重ねた卵、不安定で危険な様子)にあり、とにかく幕府への讒言(事実を曲げたりありもしない事柄を作り上げ、悪く言う)が激しく入り乱れており、そういう訳で昨年以来再度ご上洛あらせられましたがその目的の通りには未だ少しもなせておらず、ただただ(何事もなく)ご滞留あらせられ、次第に諸侯も反感の色を表しています。


折柄俄の御発駕仰せ出だされ夫々有志諸侯よりも是非とも御滞京中内外の御所置遊ばされ候様、御建白之有り候え共聊も、御採用にも相成ず、随って下拙履中よりも再三閣老衆え罷り出で前条の形勢柄申し上げ候、

ちょうどその時に突然のご出発をお言い出され、(めいめいの)有志諸侯から「ぜひとも京ご滞在中に内外のご処置をなされるように」とのご意見もありましたが少しのご採用にもならず、ゆえに私自ら老中方へ参りその件の経過を申し上げます。

 

只々口を以って能く御諭にて御治世成り行き致方御坐候趣亦大坂まで御警衛として罷り越し閣老衆大目附衆と之仰せ聞かされ候、

ただ口を使い用意した意見にて太平の世を目指すやり方との趣意であると、同じく大阪まで警衛として参上した老中方・大目付方はこのように言い聞かされました。

 

此先の御所置等殊の之外齟齬致す事も御坐候間、御月番酒井雅楽頭様迄参殿仕り御目通りにて外夷鎖港の御所置、亦候長州等御裁判の御所置切迫仕り、此侭御東下相成り候えば幕府衰運挽回覚束なく候間、我々共義速に離散御暇願い上げ奉り候処、頻に御諭しにて未だ洛陽御手薄に御座候間厳敷く相成り候迄、相勤めくれ候様御頼み之あり、之により、やむをえざる事に候、

今後ご処置で想像以上のくい違いを致す事もございますので、月番 酒井雅楽頭(忠績)様まで参上致しお目通りにて外夷鎖港のご処置、また凝りもせず長州のご裁判のご処置も差し迫っており、このままご東下となれば現在憂き目である幕府が挽回する事も不確かとなるので、我々一同は速く解散をしお暇いただけるようお願い致しましたところ、しきりにご説得にて「未だ京は手薄であるので難しく、(ご東下)なされるまでは勤めてくれないか」とお頼みがあり、そういう訳で勤めないわけにはいかない事になりました。

 

然るに十六日天保山より、御乗船相成り、御東下相成り申し候、内には大奸日々相諏り外には驕慮の五大洲の凌海を受け、幕府は因循姑息苟安の謀のみ之によって、御国体殆言へからず瓦解志明の色顕し、併しながら、只々臣たる道を守り楠公宋の岳飛の志に続き致し度候、尚申し上げたく義は筆紙に尽くしがたく候、

それなのに十六日、天保山からご乗船になりご東下となりました。内部では悪巧みする者が日々計り外部では慢心である五大洲の凌海(五つの藩が押し寄せてくる様子の語か。水戸、長州、肥後、土佐、薩摩?)を受け、幕府はその場しのぎにて一時の安楽を得ようとする話ばかり。これにより政治的な話はほとんど言えず、瓦解志明の様子が窺えます。しかしながら臣下としての道徳を守った楠木公、宋の岳飛の信念に続きたく思っております。その他申し上げたい事は紙に書き尽くせない程です。

 

下拙事兎角御用向繁多にて燈下相認め乱筆御免伏して希い奉り候
            不具
五月廿日        近藤勇
  児嶋鹿之助様
  橋本 道輔様

私事とにかく用件多忙、ごたついております中灯りの元で認めました。乱筆お許しください。

            不具
五月廿日        近藤勇
  児嶋鹿之助様
  橋本 道輔様